会社での自分という存在を冷静に考える

会社員でしかも会社「命」という人にとっては、自分とは関係ないと思うかもしれないですが、他人事と考えている人が結局は大変な思いをしてしまいます。

 

わたしは病気持ちではありますが、会社に勤めているいじょう会社の評価や賃金は気になります。

そして、自分はこの会社にとってどの程度必要とされているのかも。

 

会社に勤めている人なら、誰もが自分は会社から必要とされている人と思っているし、そうであると信じていると思います。

言葉では「自分は会社には必要がない人間なのかもしれない」と言いながら、ものすごく期待している人も多いのです。

 

しかしほとんどの人は45歳を過ぎると会社員としての先が見えてきます。

でも会社人間は定年退職後大変厳しい人生が待っていることを見ようとしません。

それはお金の問題ではありません。自分の居場所がないということです。

 

将来を考えたとき、会社において従業員とはどのような存在なのか知っていた方がよいと思うのでわたしの経験を話したいと思います。

会社には自分が絶対に必要と思っている方は、ぜひ読んで一度考えてみてください。

 

わたしは、20歳後半から病気の関係で何回も長期間会社を病んだ経験があります。

40歳になってからも5ヶ月ほど休んだこともあります。一番長く休んだのは半年程です。

 

わたしの勤めている会社中小企業なので病気でも仕事があるし、長く勤めていれば自分にしか分からないこともそこそこあります。

しかしわたしが休んでも全く問題なく会社は滞りなく業務が進んでいくのが事実です。

 

 

でも大体の人は1か月程度の短期間休んで時勘違いするのです。

○○さんが、いなくて大変困ったよ

という言葉に。

 

この言葉を聞いてやっぱり自分は会社にはなくてはならない存在だ、会社にとって価値のある存在だと勘違いしてしまうのです。

でも厳しい言い方をすると、あなたはそれほど価値のある存在でもなかったりするわけです。

 

あなたがいなくて困るのは、あなたが返ってくるという前提があるから成り立つのです。

 

あなたが短期間で戻ってくるから、無理をして仕事を片付けたり、責任を取りたくないものは後回しにして置くことができるのです。

本当はやりたくないけど、やらないと会社が回らないから無理してやって過ごす、だからあなたが戻ってきて助かるのです。

 

半年も休んでみればわかるのですが、自分はいてもいなくても関係ないという事が分かります。これは課長だろうが、部長だろうが関係ありません。

あなたがいなくなっても1か月もすれば、普通に会社は動いていくのです。

 

わたしは半年間休んで会社に出社したときの空気感を未だに覚えています。

みんなが温かく迎えてくれたのにも関わらず、自分の存在が消えている感覚を。

 

その時から、会社に人生をささげることに意味がないことを知りました。

会社は、誰かがいなくなっても問題ないのです。しょせんは「歯車」であり代わりはいくらでもいるのです。

 

このことはしっかり認識せずに、会社にすべてをささげるのはこれからの時代では命取りになります。

これからは歯車になってもいいですが、いろいろな場所で使える歯車になっていくことを考えていかなくてはいけません。

そうすれば、自ら飛び出してより良い場所の歯車としての道を選ぶことが可能になるからです。

 

勘違いしてほしくないのは、わたしみたいに会社を辞める前提で理想の人生を考える必要はありません。会社員として素晴らしい人生を歩んでいる人がたくさんいます。

しかし会社だけしか選択肢がない、もしくは何となく会社にいれば将来大丈夫でしょ、というのは危険ですよと言っているのです。

 

「自分の人生こんなはずじゃなかった」という言葉は、人生を真剣に考えていなかった人が、自分の怠慢を他人のせいにしている言葉だとわたしは考えています。

何故なら、自分の人生を真剣に考えて行動し、失敗した人はそんなことを言わないからです。

 

どのような人生を歩むのかは人それぞれではあるけれど、少なくともどのような人生を歩みたいのかは考えるべきです。

そして、そのために出来ることはないかと考えて、小さなことでもいいので行動していくことが、後悔しない人生を送るのに必要だと考えています。

 

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