わたしは40半ばになろうかというときに、これからの人生設計に疑問を感じ行動をおこしたタイプです。
正直ネットビジネスを始める人の中では、年齢的にも遅い方になります。
そんななかネットビジネスのコミュニティには10代もちらほらいます。
そんな人たちと話をしていて、会社に対しての考え方の違いを感じました。
そして、改めて会社と自分の人生に折り合いをつけていくか考えてみたので、書いていきます。
目次
若い方がなんでも決断がしやすい
会社に残る決断をするのも辞める決断をするのも、若いうちはフットワークが軽いなと感じました。
話をした人は、最近まで会社にいましたが「さっさとやめました」と笑いながら話をしているのが印象的でした。
- 特にしがらみもない
- 責任も重くない
- まだ結婚していない
自分が辞めたら、みんな困るのではないかとあまり考えなくてもいいのかもしれません。
実際にやめた人は会社に対する何の思い入れも無い感じでさっぱりしていました。
もちろん会社員よりは多く稼いでいますが、今のわたしでは会社を辞めるという決断はできない金額です。
正直わたしは辞める決断もしっかりできていないし、だからと言って今度会社に残ってしっかり働いていくという決断もしていません。
要するに惰性で会社にいる状態に近いとも言えます。
もちろん、会社から自由になるためにネットビジネスをやっています。
でも会社を辞めるとなったときに、こんなにさっぱりしていられるだろうかとちょっと考えさせられました。
日本の教育と会社の仕組みのたまもの
長く会社員をしていると「自分が辞めてらみんな困るのではないか」という考えにとらわれて、ブラック企業にも関わらず会社を辞められない人がたくさんます。
もちろん、それは会社側の戦略であり、実際誰かがやめたからと言って業務が止まるわけではありません。
また、自分が持っている仕事が他の人に行って迷惑をかけるという考え方も、組織を維持するための教育をずっとうけてきたから感じるだけで、真実ではありません。
日本社会全体にそのような考えを持つように仕向けられているというのが本当のところです。
責任感を持たせ、組織から簡単に抜けられないようにしているのです。
会社を長期間休んで、自分がいなくても会社が回っている事実を見てきたわたしでさえ、自分がいなくなったら迷惑がかかるかもという気持ちになります。
そんな中、私の場合は会社がブラック化してきたこと、そして会社が社員をどのように見ているかを知ることができたのは、ある意味ありがたかったと思っています。
会社だけが人生ではないということに気づくことができたからです。
今のまま働いていては自分がつぶれてしまう、でもそのあと会社は面倒を見てくれない。
要するに、会社にいれば安全というのは完全な幻想だったんだと分かったのです。
人は結局最後には会社から投げ出されて自分で何とか人生を送っていかなくてはいけません。
そう考えると、会社だけにすがって生きている方がわたしにとっては恐怖なのです。
自分の人生を犠牲にする責任感は必要なのか
わたしは、自分の人生や自分の体を犠牲にしてまで会社で働く責任感を必要はないという考えを持っています。
なぜなら自分の人生と体は、自分にとって最も大切な物だと考えているからです。
この考えは、20年以上病気で苦しい思いをし、ここ一年間で会社に属していない人と交流することでたどり着いた考え方です。
多くの健康な人はわからないと思いますが、病気による苦しさは耐え難いものがあります。
しかも、会社で無理をして体調を崩して休んでも、給料は支払われないし、会社によっては解雇になってしまう場合もあります。
会社に人生をささげても、会社はあなたの人生の面倒を見てくれるわけではありません。
だからこそ会社しか生きる場所がないと考えている人は、何のために自分は生きているのか一度考えてみてほしいのです。
自分の人生に責任を持つことができるのは、自分だけです。
誰一人として、他人の人生に責任を持つことはできないのです。
そして会社は他人の人生に責任を持つ気は全くありません。
会社は、あなたが働いているから給料を払って、あなたの人生に責任を持っているように見せているだけなのです。
会社に必要な人など一人もいない
わたしは、自分自身が半年以上会社を休む経験をし、そしてリストラで多くの人が会社をやめて行く経験もしました。
そこで一番感じたことは、会社になくてはならない人など一人もいないんだということです。
今まで、この人がいないと仕事が回らないと思っていた人がいなくなっても、会社は普通に進んでいきます。
また、自分が突然いなくなっても会社の仕事は順調に回っていました。
もちろん、働いている人は一人分の仕事を分担しなくては大変なのかもしれませんが、それも長くて1ヵ月です。
今持っている仕事と新しく受けた仕事の優先順位さえ決まってしまえば、一人辞めたから死ぬほど忙しくなるということはないのです。
もし、業務が回らなければ会社が人の配置を変えたり、新規に採用すればいいだけですし。
会社で働く人は入れ替えができるように教育されているし、組織もそのようにできています。
だから、会社はつぶれることなくずっと存在できるのです。
会社は働いている人とは関係のない力学で動いてる組織だということを、いい加減に気づくべきでしょう。
とうとう会社が社員を売る時代に
今までは、会社を存続させるための多くがリストラでしたが、とうとう社員を売る時代が来ました。
三菱日立パワーシステムズが司法取引をして、元役員らの不正行為の捜査に協力したというニュースを見た人もいるかもしれません。
正直わたしは、このニュースを見たときに目を疑いました。
司法取引とは、捜査に協力したらあなたの罪は問わないですよと、警察側が軽微な犯罪者と取引をすることを言います。
組織犯罪など、大きな犯罪を解決するために司法取引を行うのが基本なのですが、そのシステムを会社が自分を守るために使用してきたのです。
法人を守るために、社員に罪を全てかぶせたのです。
わたしが恐ろしいと思ったのは、会社が司法取引をしたことではありません。
会社の社員に対する考え方が恐ろしいのです。
このニュースを見た多くの経営者は、会社を守るこんないい方法があるんだと考えたことでしょう。
会社は組織存続が優先で、社員を守るつもりはないのです。
このニュースを見て自分には関係ないと思っている人がほとんどだと思います。
でも、会社での上司の発言や会社の就業規定、給与規定の会社の解釈、労働組合とのやり取りを冷静に見ていれば、会社が社員を守るつもりがないことが、よくわかります。
今の会社は「会社ファースト」にどんどんなっています。
真剣に自分の会社は社員のことをどのように考えているのか、調べてみる必要があると感じませんか。
自分の人生を真剣に考えない人はいいように使われる
日本社会は組織を維持する責任感を義務教育の時点から強く植え付けることで、会社にとって都合のいい人を量産してきました。
1990年代までは良かったかもしれませんが、今の時代には明らかにマッチしていないのは誰にも分ることです。
もちろん組織に対する責任感が全く無くていいとは言いません。
人間である以上、責任感がない人は最終的には誰からも嫌われて、今の日本で生きていくには大変だし、人生が転落していくだけだからです。
でも自分の人生のどこに責任を持つのか?ということは考える必要があります。
今までは、会社に対してのみ責任感を持って生きていれば、ある程度幸せになることができました。
しかし、そんな社会のなれの果てが現在の日本です。
金銭的にも、時間的にも、精神的にも自由がない社会です。
多くの人は、人生は変えられないと諦めているかもしれませんが、それでは本当に会社に良いように使われてしまいます。
そうならないためにもまずは自分の人生に対して、責任を持つということを始めましょう。
自分の人生に責任を持つということは、真剣に自分の将来のことを考えるということです。
現状をすぐに変えることができなくても、自分の人生を真剣に考えると必ず新しい道が現れます。
考えることによって、自分の人生の中での会社に対する優先順位が上がっていく人もいるし、下がっていく人もいるでしょう。
そうすると会社に対する付き合い方が変わり、会社をやめなくても、違う人生が広がってきます。
働き方改革というのが叫ばれますが、ただ時短をした、働き場所を変えたというのは、働き方を変えたとは言いません。
なぜらなら、多くの人は人生の優先順位が変わらず、仕事の奴隷のままだからです。
自分の今後の人生を考え、そのように暮らしていくのか、何が自分にとって最も重要なのか、そしてそのためどのような行動をする必要があるのか。
そのまで、考えて初めて働き方が変わるのです。
そして、ただ手段だけを変えることに目を奪われている人は、結局会社の都合のいいように使われる人として人生を終えるだけなのです。
質問や意見をお待ちしています。