誰かに『無責任だ』と言われたら

前回は、『自分の人生に責任を持つ』ことについて書きました。

そしてこちらの記事について理解し、自分の人生に責任を持って行動し始めた人が、引っかかるワナについて書きます。

 

それが、周りの人が言う『無責任だ』という言葉

 

自分自身の責任で人生を変えようと行動を起こすと、必ず周りの人から『無責任だ』と言われることがあります。

まあ【無責任】という言葉でなくても、『裏切るのか』などそれに近いことを言われたりしている人は多いでしょう。

 

これは、人生の優先順位が大きく変わるため、会社をやめるとか、相手に対する対応が変わったりすることがあるためです。

 

別に、気にしなければ問題なく現実は進んでいくのですが、このような言葉を言われて【思考停止】状態になる人もそれなりにいるでしょう。

 

それは、まるで自分が全て悪いみたいな気持ちになってしまうからです。

たとえ、自分でしっかり考えて、しっかりと覚悟をして行動している人でもそうです。

 

でも、わたしは人生を本気で変えようとしている相手に対して感情的に『無責任だ』と言う人のほうが【無責任】だと言いたいです。

 

そもそも、そのような言葉が出た時点で、言った人は自分中心に物事を考えている場合がほとんどです。

というか、人間はもっともらしいことを言っていても、自分のことが一番かわいいのです。

 

わたしは、このブログでいろいろ書いて、多くの人にいい影響を与えたいと考えています。

でもそれは、最終的には自分のためになるからであって、無償の提供ではありません。

わたし以外にブログを書いている人全員、間違いなく自分のためです。

 

もしかしたら、マザー・テレサくらいは違ったかもしれないけど。

でもマザー・テレサも突き詰めれば、自分が望む世界を実現するために活動していたわけで、究極的には自分のためかもしれません。

 

まあ、世界的な功績がある人はどうなのか理解できないので横に置いておくとして、会社員として働いている人は、自分のことを中心に考えているのが普通です。

それは、別に恥ずかしいことではありません

会社をやめると言った人を引き止めるのに、必要な人材だと言ってみたり、評価していると言ってみたり、最後に『無責任だ』と怒るのも、自分のためです。

 

その一方で、自分自身で責任を持って、人生を変えるために会社をやめると決意した方も自分のためでしかありません。

だから、結局はみんな自分のために、自分を信じて行動していくしかないのです。

 

もちろん、自分のことしか考えず、他人をないがしろにした、自分勝手な行動はだめです。

そんな人は、短期的に自由にはなるかもしれないけれど、自分らしい人生を送ることはできません。

 

しかし、自分の人生を真剣に考えて、苦しんで、そしていろいろな学びを積んで、精神的にも成長した上で、『ここは自分のいる場所ではない』と決心できたのであれば、【自分のため】に行動すればいいのです。

他人の言葉で、【思考停止】になる必要は全然ありません。

そして同時に、他の人が悩んで人生を変えようとしていたら、相手を尊重をしてあげることも必要なのです。

 

 

今の日本は【自己責任】が強く問われるようになりつつあります。

それは、国も会社も、日本に住んでいる人全員の面倒を見ることができなくなってきたらからです。

 

正直、温かみがない冷淡な社会だと感じる人も多いでしょう。

しかし、国や会社を批判しても、嘆いてもこの流れがしばらく続くことは間違いありません。

 

そんなこと考えたとき、どれだけ『自分の人生に責任を持てるのか?』ということが、ものすごく大切になってきます。

何も考えていない人は時代に流されて、『こんなはずでは』という人生を送る可能性が高くなります。

 

自分の人生に対する責任を放棄して他人に支配されるのは、大きなリスクでしかないのです。

そして他人があなたに向かって言う【無責任】という言葉は、あなたの人生を支配する言葉です。

 

自分の人生に責任を持って行動しているのであれば、臆することはありません。

自分のやるべきことを優先してやればいいのです。

 

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