無責任な自己責任論

最近、何かにつけて自己責任というものが問われるようになってきた。

でも、多くの人が自己責任と言うときに、ものすごく違和感を感じる。

何故かと言うと、人が自己責任を求めるときに、多くの場合は『自らに責任はない』という意味をものすごく含んでいるのを感じるからです。

 

「それは、自己責任だから」

 

今の日本は、自己責任という言葉を乱用しているにも関わらず、自分で自由に身動きが取れない社会となっています。

多くの人は、いい具合にバランスをとって日々を暮らしていると思うのですが、本当に自己責任で行動を起こしたい人にとっては非常に苦しい社会だなと感じることもあるわけです

 

わたしは、ネットビジネスを始めて、色々な人に会うことができました。

ビジネスの世界なので、自分のやることが収入にすぐに影響し、場合によっては収入が0になる世界です。

 

そこでわたしが感じたことは、に自己責任を持っている人は、自己責任について語ることはないということです。

その人達から、自己責任という言葉を聞いたことがありません。

また他人に対して自己責任の押しつけるようなことはしません。

 

もちろんビジネスなので、各々が自己責任を持つことは求めます

でもそれは、個人が主体的に持つものであり、押し付けるようなことはしません。

なぜなら、自己責任とは他人から押し付けられたり、追求されたりするものではないからです。

 

有名な《7つの習慣》の第1の習慣で、主体性や責任について書かれています。

読んで見れば分かりますが、主体性を発揮できない人は、責任を持つこともできないし、人生を変えることもできないのです。

 

また自己責任を持っている人は、自己責任で行動しチャレンジした人に対しては、失敗したときに手を差し伸べることができる優しさも持っています。

自己責任で行動したことに対して、その責任を厳しく追求するという見苦しいことができるのは、自己責任を持っていない人なのです。

 

人は自立すべきということは分かります。

でも完全な自立と自己責任など無理です。

 

人間社会は、お互いに依存をしなければ生きていけないことは誰にでもわかることです。

《7つの習慣》でいう、相互依存です。

 

やたらと【自立】と【自己責任】を求める人がいますが、結局は【自立】と【自己責任】という言葉に依存しきっていて、自分が【自立】も【自己責任】も持っていないことに気付くべきです。

もっと多くの人が【自立】と【責任】というものを、が深く考える必要があるのではないかと感じます。

 

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